羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.14

南と話をしながら、少年は何度も小さく、飛ぶ練習をした。

まだ慣れない身体に馴染む為だ。

飛ぶこと自体は面白くもあったが、だが少年の中では「何のために」という気持ちは

ずっとあった。

「おじいさんは、畳も古いし、勉強机も布団も全部新しいのに変えて

 あげようって言ってきたけど、僕が断った」

「どうして?」

「だって、気持ち悪いよ。

 全部僕のものだって言われたって、僕にしたら知らないものだらけになるんだよ。

 そんなの、この身体だけで充分だ…あっ」

「あっ」

2人はほぼ同時に声を上げた。

少年が勢い余ったか、昨日よりも高い位置に飛び上がったのだ。

そして、そのまま下に降りて来ないで上で留まっている。

南は上に向って困ったような声を上げた。

「は、早く降りてきてください。ご近所にその姿が見られたら…」

少年は珍しく陽気な声で返事をした。

「大丈夫だよ、この辺の家は親戚で固まってるんだ」

言うと少年は改めて辺りを見回した。

近辺は比較的低い屋根の建物が多く、駅やビルや学校など、

忘れかけていた景色が広がっていた。

「まるで全部、僕のものみたいだ…しかも、僕はこの景色を昔から知ってるんだ」。

言いようのない開放感が少年を包んだ。

(クロスケのアンテナ…クロスケの何の変哲もないブログ…はこちらから→http://ameblo.jp/cross-k-17/)

091

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.13

少年がいつものように目を覚まし、いつもと同じ部屋の天井を見上げると、女性の声で「おはよう」といわれた気がした。

声のするほうを見たが、小鳥のソラが鳴いている他には誰もいない。

少し開いた障子の間から、庭の植物に水をやる南の姿が見えたが、声の主が彼女でないのは明らかだった。

気のせいかと思いながら、少年は今日着る服を選んだ。

今までは服など着なくても全然平気だったわけだが、南がこの部屋お付きの手伝いに決まり、年頃の少年が女性の前で裸でいるわけにもいかないだろうと、おじいさんが何着か用意してくれたものだ。

無論、背中の羽根が邪魔にならない特別な仕様のものばかりだし、シンプルながら今どきの若者が好みそうなものなど、気配りがなされていた。

服だけではない、髪も散髪したいかどうかと聞かれ、思い切ってかなり短髪にした。理容師は部外者だったが、口封じは周到にされていると思われた。

その後風呂にまで「翼を洗うために」と使用人がやって来て、これには少年も閉口した。

そんなことを思い出しながら、少し迷って適当に着替え、南には「似合ってますね」と、心からの感想を言われたのだったが、少年はなんだか所在なさげにしていた。

少年は、相変わらず地に足が着かない気持ちだった。

自分の背中から伝わる背負い物の感覚は、昨夜からますます自分の感覚としてしっくりしてきている。

自分はそれを受け入れていいのかどうかわからない。

しかし、受け入れるしかない現実。

なにしろその背負い物を少し動かすだけで、本当に地から足が離れてしまうのだから。

一般的な鳥は風に「乗って」飛ぶのだろうが、自分の場合はどうもそうではなく、風を「引き寄せて」飛ぶようだ、と少年は思った。

090_2

(クロスケのアンテナ…クロスケの何の変哲もないブログ…はこちらから→http://ameblo.jp/cross-k-17/)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.12

少年は地上10mほどの高さの空中を泳いだ。

自分の力を見せつけるように。

「見ろ、皆の衆。神の使いの力が目覚めたようだぞ。

 やはり秘伝の書にあったことは事実だったのだ」

と、おじいさんが今までに誰も聞いた事の無いくらい大きな声を張り上げたからか、

それまで何かに捕りつかれたようだった少年だったが、

ふと我に返った。

「これは夢か?

 僕は今、確かに飛んでいる。

 確かに今、おじいさんや南さんが僕の真下にいる。

 翼の操り方が…わかる。

 なんてことだ。

 本格的に僕は、人間らしくなくなってしまったらしい」

089_2

だが少年は、それでもまだ冷静さを失わなかった。

「飛べるようになったらどうするべきか」を彼なりに考えていたのだ。

家の垣根を越えて未知の世界へ飛び立つことができることも、

それが結局不自由であることももうわかっていた。

大人しく地上へ降りたった少年を、おじいさんと母屋の人々は歓喜の声で迎えた。

ただ、おばあさんと南だけは、その異様な皆の喜びように戸惑っていた様子だった。

その夜は正月か、家の人間の祝言か、と見間違うほどのご馳走が出た。

それはもちろん他の誰でもなく、少年の為だった。

小鳥のソラは、それらをいつものように可愛らしく見つめては鳴いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.11

おじさんが最後に調子を変えて経を詠み出した頃、

急に少年の目が虚ろになった。

ふっと立ち上がると皆が注目する中、

一人縁側に出て行き、

少し屈んだ姿勢になったかと思うと、

次の瞬間、少年の2本の足は縁側の「ふち」を離れた。

一同、あっと口を開けて凝視した。

少年は二枚の翼を拡げ、夜空へと舞い上がったのだ。

それはまるで、梟のように静かで優雅な飛翔だった。

088

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.10

おじいさんはいつもどっしりとして、

少年は彼の慌てたところなど見たこともなかったが、

経を読むのにも、やはり慣れた様子だった。

おじいさんの経を聞きながら、少年は奇妙な高揚感を憶えていた。

そして、最近までの自分のことを思い出していた。

幼い頃から一人でいることが多かった為に本を読んで過ごすことが多かった少年は、

いつしか、ある夢を抱くようになっていた。

重苦しい、自分を拘束するだけのこの家を出て、

本で読んだことのある、あちこちの世界を旅するのだ。

そうだ、紀行文を書こう。

ただの紀行文では面白くない、自分の空想も織り交ぜた、

自分だけの、冒険物語を書くのだ。

どこから行こうか、隣国の中国から廻ってもいいし、

ダーウィンの足跡をたどるならイギリスから南アメリカ、

ヴァスコ・ダ・ガマならアフリカ・インドへ。

旅をしながら書こう。

きっと楽しいに違いない。

それまでにせいぜいいろんな勉強をしなければ。

084

翼が生えたことで、普通の人間の生活ができないんじゃないかと思ったし、

実際家の中も、ただでさえ陰気だったのに、ますますおかしな空気だ。

変な宗教でも始まりそうな雰囲気だ。

それが、ソラと南がいることで、少し希望が出てきた。

この世の中に自分を受け入れてくれる存在が、探せばまだいるんじゃないかと

思えた。

この儀式が終われば何か奇跡が起こって、自由になれるのかもしれない。

ダメだったときのことを考えるのはダメだったときでいい。

これが「やるべきこと」だと言うなら、やってみてから考えてもいいじゃないか。

おじいさんの長い長い経が終わる頃には、

外はもう暗くなり、月が昇っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.9

母屋の連中はみんなお葬式のような正装をしていたが、

一人、お寺の宮司のような衣装を着ていたので浮いていた。

「おじいさん」だ。

みんな、少年の羽を見慣れないために、

最初は「本当に背中から生えてるよ」

「あれはまだ力がないらしい」などとぺちゃくちゃおしゃべりしていたが、

おじいさんがみんな揃ったかどうかを確認するために大きな声を出すと、

しんと静まり返った。

それくらいこのおじいさんは一族に影響力があるのだ、と少年はあらためて思った。

おじいさんは祭壇の真ん前に座ると、

榊の葉をあしらった幣をふりかざしながら、まるで呪文のようなお経を唱え始めた

(実際、呪文なのかもしれない)。

しばらくすると、お経を唱え続けながらも少年の方を振り返った。

いつの間にやらその手には幣のほかに、榊の葉の環っかのようなものを持っている。

おじいさんはそれを少年の頭に載せた。

082_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.8

かくして、穏やかにも10月3日はやってきた。

快晴だった。

少年はなにか何か胸騒ぎがして、暗いうちに目を覚ました。

「僕は今日が終わっても、僕でいられるのかな?

そもそも、今の僕ってなんなんだろうね?」

ソラに話しかけるとやはり、不思議と少しだけ気が紛れた。

母屋の人間たちは、日も昇りきらないうちから、少年のいる離れにやってきた。

幸いその頃には少年はもう起きて、読みかけの本を読んでいたが、

彼らはそこにどかどかと上がりこんで、

机や椅子や、少年が過去に獲った勉強大会のトロフィーなど、

部屋の中のものを殆どすっかり外に出してしまった。

これには少年も抗議したが、後から入用な物は必ず戻すということで、

無理矢理納得させられた形になった。

そして、机などの代りに、真新しい白木の祭壇が少年の部屋を占領した。

いまや、ソラのいる鳥かごだけが少年の物だった。

西日が傾く頃、少年の部屋の中は、

祭壇に向かって座る母屋の人間でいっぱいで、

廊下にはみだすくらいだった。

少年は、その人たちの一番前に座らされた。

一番後ろのほうには、南とおばあさんが小さく座っていた。

081

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.7

そんな彼だったが、南の方は終始、今日の太陽のように爽やかに、よく笑った。

「あのおじさんやおばさんが、よく許してくれたね」

「ええ。だから大丈夫だって、言ったでしょう?」

また、南は少年の為に弁当を、インコの「ソラ」の為に餌を用意していた。

少年もソラも今や空腹を感じない体質ではあったが、

食欲が無いわけではないようだ。

思い出したように少年は訊いた。

「今日は、10月1日だね?」

南は少年がずっと拘束されていた間(今も違いは無いが)、ずっと日にちを数えて

いたことに驚きながらも頷いた。

と、同時に、少し悲しそうな表情になった。

少年が弁当を黙々とたいらげていく横で、南は雇い主からのことづけを

淡々と伝えた。

この3ヶ月少年を拘束した訳は、『伝え書き』に欠陥があって、

少年の身にどんな変化が起こるか予測が付かなかったからであること。

今後も今までどおり、外を出歩かないように、但し、離れと庭に関しては

もう問題は無いということ。

10月3日は、ここにまた母屋の人間が集まるということ。

そして、これらは全て、彼らの都合などではなく、あくまで少年の

将来のためであるということ。

ここまで聞いて、少年は思わず皮肉な嗤いを漏らした。

074

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.6

少年は身体を起こした、と同時に再び目を開けた。

いつもの「ソラ」といる自分の部屋だ。羽根の感触を背中で確認する。

「夢、だよな」

少年は少し乱れた息を整えるとまた横になり、眼を閉じることも出来ないまま、

生々しい悪夢が自分の元からどこかへ去るのをじっと待った。

暫くそうしているうちに、やがて、まともに眠れなかった約3カ月間分の疲労が

彼を眠りに連れ戻した。

幸い今度は夢も見ず、死んだように眠った。

073

           *

正午を過ぎて南が起こしに

来るまで、少年はずっと

眠っていた。

「ずい分長い間閉めきって

 たから、 空気を入れ替え

 ましょうね」

少年の礼はぶっきらぼうなものだった。

「…ありがと」

彼には、南があまりにも当たり前のように障子を開け放つことに戸惑いも

あったし、昨夜見た夢を思い出して恥ずかしくもあり、南の顔をまともに

見れなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.5

少年は一糸纏わず、いつかの温かい流れに浸っていた。

いつの間にか背中の羽根は無くなっている。

少年は背後に気配を感じて振り返った。

一瞬それが母親のような気がしたが、そうではなく、南だった。

南は薄手の服を着ていたが、それは彼にとってどうでもいいことだった。

彼女は水に濡れていて、なぜだかとても艶かしく感じられた。

そうして何も言わずに少年の頬を両手で優しく包むと、口づけた。

少年は彼女にされるがままになり、温かさにうっとりし、思わず目を閉じた。

だが、目を開けた瞬間、彼女は消えてしまった。

嫌な予感がした。

ふと、水面に目をやり、少年は目が釘付けになった。

水面に映った自分の顔が、腐乱したように赤黒く崩れていってしまったのだ。

072

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«羽根の生えた少年<秋の抄>Vol.4